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バングラデシュやジャワ島はまだしも雨量が多く潅溌が発達して、年に何回かの取り入れが可能であることを考えれば、ネパールは世界でももっとも耕地に重圧がかかっている地域といえるだろう。
この無理な開墾とともに森林破壊の原因になっているのが、薪の需要の急増だ。
燃料を木だけに頼る地元住民は、年間一人一トンの木を必要とする。
人家近くの森林は丸坊主になり、最近では薪集めは半日から一日もかかる重労働となった。
とくに70年代の石油ショック後、薪の値段も数倍に高騰した。
昔は遺体を火葬にして骨を川に流していたが、今では骨にしてもらえるのはよほどの金持ちだけ。
庶民の遺体はわずかな薪で胸のあたりを焦がすだけで、そのまま川に流されている。
ネパールでも都市生活者には灯油が普及しているが、その輸入が止まったためにエネルギー危機や森林の破壊が、深刻化している。
ネパール・インド関係は、インド国内のネパール系住民の自治権拡大運動などから悪化し、89年3月にインドがニ国間通商・通過協定の延長を拒否した。
その結果、両国の13カ所の国境通過地点のうち2カ所が閉鎖され、生活必需品をインドに頼る内陸国ネパールは、灯油がほとんど手に入らなくなった。
燃料がなくなってレストランなどが閉店となり、住民は前にもまして薪や炭に頼らざるを得なくなった。
といっても、都市では伝統的な薪炭を使うかまどをすでに壊してしまっていた家庭も多く、エネルギー危機が生活を脅かしている。
ネパール政府は、「協定の失効以来、ネパールの森林の一パーセントに当たる3万3600ヘクタールが減少しており、ガンジス川下流のインドやバングラデシュで洪水多発の危険がある」と警告した。
これに対して、インド政府は「ヒマラヤの森林破壊は新しい問題ではない。
ネパール政府こそ、以前から乱伐を放置してきたではないか」と、ネパールの非難を「宣伝工作」と決めつけた。
また、ヤギ、ヒツジ、牛といった家畜も人口増加とともに増やされ、これらの放牧が森林の脅威となっている。
ネパール全土には約1500万頭の牛、ヤギ、ヤクなどの家畜がいると推定され、人口一人当たりの家畜頭数ではモンゴルに次いで多い。
この動物が口の届く限りの木の葉をあさり、草を一本一本掘り返すようにして平らげる。
植物の生長量以上に食べる量が多いため、放牧地では緑と名のつくものは片っ端から姿を消していく。
新たな緑を求めて放牧地も集落から遠ざかる一方だ。
これまで、放牧地が身近にあったときには、家畜の糞を農地の肥料として使い、何とか地力を保ってきたが、放牧地が遠くなるにつれて肥料として運んでくることもむずかしくなった。
また、薪の入手が困難になるにつれて、糞は燃料として住民にとっていよいよ重要なエネルギー源となっている。
その結果、有機肥料の減少によって、畑の荒廃はさらに深刻なものになってきた。
政府は家畜の糞を燃料に使わずに畑に戻すよう再三呼びかけているが、炊事用の燃料さえ事欠く地方ではとてもこんな説得に耳を傾けてはいられない。
高地の厳しくてもろい自然に追い討ちをかけているのが、観光ラッシュや登山ブームだ。
70年代は年間5000〜6000人ぐらいだった海外からの観光・登山客が、最近では50万人も押し寄せる。
今やネパールは観光が最大の外貨獲得源になってしまった。
これといった産業のないこの国にとっては大歓迎だが、ヒマラヤの自然側からすると、たいへんな負担である。
とくにこのところ、山麓を徒歩観光するトレッキングが人気を集めている。
だが、この「銀座コース」に当たるシェルパの町ナムチェ・バザールには、いたるところに登山客、観光客の残したゴミの山があり、はるか秀麗なヒマラヤの連峰を仰ぎつつ、ゴミの問をぬって歩かねばならないところもある。
エベレストの登頂基地として登山隊が集中する海抜7986メートルの鞍部サウスコルは、世界中の登山隊の残していったゴミや酸素ボンベなどが山をなし、世界でもっとも高所にあるゴミ捨て場になってしまった。
登山隊はネパール側だけで年間100隊を超える。
これに、インド、パキスタン、中国、ソ連、ブータンからのヒマラヤ登山隊を加えると、500隊を大きく上回る。
さらに、ヒマラヤの聖地を訪れる巡礼の数も年々増している。
トレッカーや巡礼、数百人のポーターを引き連れた登山隊は、炊事や暖房のために遠慮会釈なくあたりの木を伐る。
それでなくとも乏しい森林は、登山隊のルート沿いに姿を消してしまった。
エベレストの山麓だけに限れば、すでに75パーセントの森林がなくなった。
これら登山隊や観光客の伐る木は年間数十万トンにもなると推定される。
燃料を木だけに頼る地元住民は年間一人一トンの木が必要だから、数十万人分のエネルギーに相当する。
そして、残された森林といえば急峻な山腹に断片的に張りついているだけだ。
このあたりは世界でももっとも急速に緑の失われている一帯である。
82年の国連食糧農業機関(FAO)の調査によると、ネパールには国土の約2パーセントの林地しか残されていない。
それも、年4・3パーセントという激しい勢いで破壊されている。
FAOの推定では、64年から79年までの間に森林の30パーセントが消失した。
開墾と薪取りがその大きな原因である。
もともと、森林はネパールの人々の生存にとっての生命線であった。
薪や家畜の餌となる枝を一本伐るだけでも、地域社会内部には森林の伐採について伝統的に厳しい制約があった。
険しい地形を支えている緑をはぎ取れば、たちまち土壌崩壊を起こすことは住民の常識であった。
これが一変したのは、1957年に全森林を国有化して「王室林」に指定したときからだった。
ちょうど、人口の爆発期でもあった。
村落の保護の手を離れた林は無秩序に伐採され、開墾されていった。
今世紀の初め、海抜2000メートル以下のヒマラヤ山麓地帯は6割以上が森林だったという。
ところが、最近ではもはや一割を割ってしまった。
英国の林学者J・W・Sは1984年初めに明らかにした報告書で、こう述べている。
「過去30年、ヒマラヤ山麓の水源地帯の森林が広範囲に伐採された結果、モンスーン期に保水力を失った山から一度に水があふれ出して洪水を起こし、また大量の土砂が流れ出して河川の河床を上昇させて、広い範囲を水浸しにする」帯このような森林の破壊と無理な開墾が、土壌の流失を加速させていることは、疑念の余地がない。
オーストラリアから派遣された植林の技術援助調査団は87年に発表した報告書で、「ヒマラヤ地慨域で丸裸になった場所では、森林の保存されている場所に比べて、土壌の流失量が11倍も多かった」と述べている。
こうして、開墾、放牧、観光によって、崩れやすい表土をやっとしばりつけていた木や草が消えてしまった結果、表土は洗い流されて土砂に姿を変え、U字谷を埋めた土砂は支流に入り、本流に乗って下流のインド、パキスタン、バングラデシュといった国々へ運ばれていく。
流れのゆるくなる河口に近づくにつれて、河床に沈澱して川を浅くし、少しの増水でも洪水の原因になるのだ。
インドの川ではヒマラヤから運ばれてくる土砂が、年に15センチから30センチも堆積する。
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